スポンサード リンク

2015年06月29日 01:40

軍事歴史

個別記事ページへ


16世紀。

西洋世界が大航海時代に入っていったこの時代、世界で最も強く雄大な国家はスペインであった。

新大陸の発見以後、この地の豊富な金銀に目をつけたスペインは、「コンキスタドール(征服者)」を送り込み、南米の国々を次々と征服していった。

征服の途上で発見した先住民族を悉く虐殺し、財宝を奪い尽くすことができた理由は二つ。
スペイン人が圧倒的に優れた武器を持っていたこと。
そして、先住民族を人間と見なしていなかったこと。

スペイン人にとって、南米の先住民族は弱く無害な下等生物であり、虐殺したところで、罪悪感など毛ほども覚えなかった。

事実、先住民族は「鉄」を知らなかった。

剣や斧は、黒曜石を木で挟んだだけの粗末なもの。矢は石の鏃。防具に至っては、「体に神聖なシンボル」をペイントすることしか知らず、戦場にあって裸同然の格好であった。

一方のコンキスタドール達は、当時最先端の火縄銃と鉄製の剣で武装し、鉄のヘルメットと胸甲で身を守っていた。この地の先住民にしてみれば、およそ人知を超えた技術で作られた装備なのである。

石器時代とほとんど進歩していない武器など、鉄の装甲が跳ね返してしまうだろう。さらに、どんな勇猛なインカ帝国の兵士といえど、火縄銃の轟音を耳にするだけで怯えた子どもに戻ってしまうだろう。

現に、あの偉大なるフランシスコ・ピサロは、たった200人足らずの軍勢で、何万人というインカ帝国の大軍を撃破した。8,000人もの死者の山を築いたにも関わらず、ピサロの兵隊は全くの無傷だった。

そうした事実が、「この地の下等生物は、我々に傷ひとつつけられない。」とコンキスタドール達に確信させたのである。

彼らが、現在はチリと呼ばれる地域に到達する頃、重い荷物を担がせるために同行させたインカ人の奴隷達が怯えはじめた。

曰く、
「このあたりはインカ帝国に抵抗を続けた蛮族が住んでいて危険です。」

司令官は笑った。
「未開人共の、その更に蛮族?馬のいななき一つで死んでしまうぞ!」

その時である。

50mほど先の小高い丘から長い棒のようなものを持った一人の男が現れた。その男を目にした奴隷達の怯えが酷くなり、ガタガタと震えている。

一人の兵士がその男に銃を向けると、司令官はそれを抑えて言う。
「弾がもったいない。だいたい、蛮族ごときがあの距離から何をできる?近づいてきたら斬り捨てれば充分だ。」

しかし、奴隷達の怯えは収まらず、ついには我先にと逃げ出した。

丘の向こうの男のことなど毛ほども気に留めていない兵士達が、逃げた奴隷を追おうとしたその時である。

バギンッ。

鈍い金属音と同時に、馬上の司令官の胸に1.5mほどの細長い棒が生えていた。その根本は胸甲に深々とめり込んでいる。

誰も何が起きたか理解できなかった。男は50m先から動いていない。だが、先ほどまで手にしていた棒は消えていた。

もう一人、男が現れた。一人目と同じように細長い棒を携えている。二人目の男もまた、手を大きく振りかぶり、それを放つ。

瞬間、最前に立っていた不幸な兵士のヘルメットは頼りなく破れ、棒が彼の頭蓋をやすやすと貫通した。

兵士たちは慌てて火縄銃の装填を始めたが、50m先の人間大の的に当時の火縄銃で当てるのは至難である。しかも、男どもは銃声にひるまない。丘の向こうの男たちは、一人また一人と現れる。それを高く掲げながら。

それとはすなわち、投槍

程なく、屈強なコンキスタドールの一団は、なすすべなく全滅することとなる。

これが、後の300年にわたる、先住民族によるスペインへの抵抗の幕開けであった。

続きを読む
スポンサード リンク

2015年06月13日 18:05

歴史

個別記事ページへ


Faris Odeh

この写真は、2000年10月29日、侵攻してくるイスラエル軍の戦車に対して石を投げようとするパレスチナの少年の姿を写したものです。

少年の名前は、ファリス・オーデ。当時14歳。

彼はこの写真が撮影された10日後、同じようにイスラエル兵士に石を投げつけました。しかし、石vs機関銃では勝ち目があるはずもなく、あえなく射殺されてしまいました。

彼がなぜ、絶対にかなわない戦車や機関銃に向かって石を投げたのか、今はもう知りようがありません。

しかし、勇敢に戦車に立ち向かったオーデを撮影したこの写真は、世界に衝撃を与え、パレスチナの抵抗のシンボルとなり、オーデはパレスチナの人々の間で「殉教者」として知れ渡ることとなりました。


続きを読む

2015年05月24日 22:40

歴史経済・ビジネス

個別記事ページへ


世にブラック企業は数あれど、シベリアでの強制労働に敵うブラック職場はそうはないでしょう。

シベリアといっても広いし定義も色々あるわけですが、だいたいロシアの上半分がシベリアと呼ばれる地域です。

Siberia map
色がついてるところ

一年の半分以上が氷点下、土は一年中凍っているようなこの地域で、かつて死ぬまで働かされた人々がいました。

siberia
写真で見る分には綺麗でいいんですがね
続きを読む
逆アクセスランキング
スポンサード リンク
カテゴリ別アーカイブ
月別アーカイブ
最新コメント
記事検索
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:

このページのトップヘ